自転車日本一周記
5月12日    第26日目
  佐賀市―(498号)→伊万里―(202号)→西海市(長崎県)

   海岸のそばをのんびりと走る。風はまだ潮の香りもしなくて、
肌がべたつくこともなく、快適だ。
 ゆるやかな上りカーブを抜けると、そこに、造船所は現れた。
海防艦、人間魚雷などをつくっていた場所だ。

























もはや遺跡といっていいかもしれない。
神殿のように、深い雰囲気をたたえている。

哀しみだけをほんのすこし残し、ただ、美しい。




見上げると、トタンが錆びて、プラネタリウムのようだった。
それは、日蝕のようにも、月と太陽のようにもみえた。
有名なこの廃墟で、これを撮っている人間は観たことがない。胸が、高鳴った。
息をすって、見上げ、シャッターを切る。













ばいばい。おやすみなさい。
三脚をかつぎ、外へ出る。
荷を積んでいると、進行方向からランナーがやってきた。
「どこから?」
初老近いであろう彼女は、さわやかにそう訊いた。
「東京都です。」
「私、名古屋から」
!?
小さなリュック一つかついだ彼女はそういった。

2歳の頃、両親を亡くされた彼女は、一年早く退職し、
名古屋から長崎まで1200km、墓参マラソンをしているのだ。
現在、59歳。
旦那様がフォローとして車でついているらしい。
それにしても、すごい。
「いつか、東京都にいくから」
そう言ってくれたので、僕は
「じゃあ、僕は反対に名古屋に向かいます」

「じゃ、また。」
「また。」
とてもきれいな脚をもった彼女にさよならをいった。
海沿いの道を、軽々と走り、カーブの向こうへと消えていった。


午後から雨。

日焼けした腕が痛む。あえて雨にさらしながら自転車をこぐ。
疲れたので公園で寝袋のみで眠る。


5月13日 第27日  西海市―(202号)→ア戸→大串

 長崎の知人にメールを送る。女の子だけど、下心はない。
高校の頃のほんとうに数少ない友達の一人なのだ。
 他に高校の頃でつきあいのある友達といえば、まさしという奴だ。
彼は人の名前を全く憶えない。憶える気もない。
いっしょに修学旅行へいったりした僕の名前も夏休みが終わると忘れていた。
他の人からは少しおかしいと思われていたが、僕はまさしが好きだった。
体が壊れても走って、走り続けた。そしてまた、走ろうとしている彼を僕は大好きだ。
僕と似た、他人に興味を示さない性格が互いにあっていたような気もする。
話がそれた。
 あまり話したことはないけれど、彼女は長崎大学の水産大学にいっているらしいから、生物の話しをしたりしたかった。
 長崎の親戚のうちに泊まっているはずだから、挨拶していきたい。泊まっていってもいいらしいのでもしかしたらお世話になるかもしれない。

 と、思っていたらなぜか彼女は一人暮らしで彼氏と同棲しているらしい。おいおい気まず過ぎる。ここで断ったら下心があるようにも思われそうだし。
まぁいいか。
気にしない、気にしない。何とかなるだろ。思考を放棄することにした。

 快晴。腕の日焼けが,真っ赤になってしまった。日がしみる。
大島へと入島。ア戸炭鉱を目指す。





30円を支払って、橋を渡る。と、廃墟群が見える。



 ひりつく日差しの中、ペダルをこいでいく。
平和寮に潜入。





廃墟独特の、ほこりっぽく、冷たい空気。







枚数は撮ったが、どうにも納得するものが撮れない。
どうも、数を撮っているだけの気がしてならない。
一枚一枚への、誠実さが足りないような気がする。
僕はデジカメではあるが枚数を撮らない。
それは、飽きっぽい僕の性格からいって、数を撮る前提で写真を撮ると、
そのような適当な写真にしかならないからだ。
10枚とるとしたら、僕が1枚しか撮らないと決めたときに比べ、1/10以下の質になる。
もちろん、納得がいかなければとり続けるが、それにしても数はそんなに撮らない。

 写真へのこだわりは、シャッタースピードをマニュアルにすることぐらい。ホワイトバランスの調整はよくわからないため、気に入った色が出ないとだいたいあきらめる。

 廃団地群へと足を向けたところでパンク。

 直射日光の下で作業する気にはなれず、
近くのトタンに覆われたバス停の中で修理。

ふと目を向けた、トタンとトタンの隙間から出た光が、
線となって、飛び出た釘にぶつかっていた。

息を止め、カメラを構える。
が、暗い。手ぶれしてしまう。三脚を出していればその間に光は動いていってしまう。
息を止め、シャッターを切った。
ふう、と息を吐いたところで光はすでに釘から離れていた。

シャッタースピードはかなり遅く、当然、手ぶれした。
でも、僕はこの写真が好きだ。
滅多にタイトルをつけることはないけれど、
"one hot minuit"と名付けてみた。




その後、廃団地群を探索したが、すぐに飽きてしまった。
全く同じ構造の建物が6棟もあるのだ。
最初こそ楽しかったがすぐに飽きた




ただ、目の前に海が広がる部屋っていうのはやはりなかなかよいものだ。
屋上に昇り、海をみたときはすっきりとした。






















6棟目を巡っているときに、向かいの棟の屋上に男女が2人いるのを発見した。
ちょっとまずい雰囲気だったので即座に隠れる。
管理人の雰囲気ではないが、そっとしておいた方が良い感じだった。
のぞき見は趣味ではないし。彼らから死角となる場所を通って撤収。
その建物から撤収していった時に団地の影に隠れていた、2棟の団地があることが判明したが、見なかったことにした。
こうまで広いと、心が飽和してしまう。
ごちそうといえども、おなかに詰め込めなくなるのと同じで、感性にもキャパシティというものがある。
こんな大型廃墟に訪れる機会はそうは無いが、無理に居座っても駄作を量産するだけだ。
 撮影を終えて、長崎の親戚の家へと向かう。
祖母の紹介があったので、軍艦島への案内をお願いしたが、やはり少し怖い。
 祖母以外はほぼ初対面だ。
 でも、間違いなく旨い魚がいっぱい食べられる。その点は心が浮き立つ。

 いまからちょうど、夕食時にはつきそうだ。
が、長崎の凹凸を舐めていた。わずか100m先の道路が昇り坂によって見えない。
へとへとになりつつも、大串の親戚の家へたどり着いた

 親戚の方々が出迎えと挨拶をしてくれる。
「あのお父さんの子やから、どんな子がくるかと思えば、細い子やねぇ。しっかり食べとると?」

自分で言うのもなんだが、僕はバリバリのインドア派インテリ気取りだ。
ジーンズを買いに行くと女性ものを進められて涙目になるウェストだ。
あとメガネだ。
普段は部屋から出ないし、誰かと交流もしない。近所に愛想を振りまきまくっている体重100kgオーバーの親父殿といっしょくたにみられては困る。
どうも、僕のことを父親の延長でみていたらしい。
まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。
お風呂お風呂!!魚!!魚!!


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