自転車日本一周記
5月6日 第20日目
 雨、ときどき曇り。 
 ゴールデンウィークで、人が多すぎる。何とかならないものか。
僕は、人のいない水族館や、美術館が好きなのに。
シロイルカのバブルリングは、泡でわっかを作る曲芸で、すごくかわいかったけど。

 しまね海洋館アクアス。到着100m手前でパンク。
気力が無くなる。雨でゴムのりが乾かず、苦戦。
何とか修理したものの、今度はブレーキの調整がうまくいかない。長崎にいる、お世話になる予定の親戚にも電話しなければ。
親戚と言ってもつきあいは殆ど無く、ほぼ、初対面。どきどきする。怖い。

 濃くなってきた靄の中をこいでいくと、逆方向へ行く、同じ自転車乗りに出会った。
挨拶。こんなことでも元気が出る。
 さらにその後、外人サイクリストにも出会う。
すれ違い、僕がそのままこいでいるとなんと彼が追いかけてきてくれた。
 彼の名はカーク。イングランドからやってきたエンジニア。現在、休職中。
「仕事にはバイバイ言ってきた。」
そんな40歳。
日本には6週間目で、2800kmも走っている。世界もいろいろ回っているらしく、
インドネシア、ニュージーランド、オーストラリアなどを回っている。
僕の大先輩だ。
お気に入りの場所を訊くと、
「ニュージーランドかな。
ここみたいにどこにでも家があるわけじゃなく、
ぽつん、ぽつんとあってさ。」
「逆にオーストラリアは退屈だったな。何もなくてさ。」
日本語はあんまり話せないけど、彼の話に聞き入る。
「彼女といっしょに走ってたときもあってさ。ステキだったよ」
Sounds great.
「次の福岡はさ、女の子がかわいいよ。楽しみにしていなよ。」
「really?」
「Ofcourse!」
すてきな人なのだ。とりとめもなくいろいろと話す。
自転車につけたキャリアバッグは、僕がオーストリッチ社製のもの。
彼がオルトリーブ社のもの。防水性が高く、うらやましい。
彼は僕の三脚にも眼をつけた。
「三脚、重そうだね」
「うん。写真撮るんだ。」
ベルボンのエルカルマーニュ。
「前見たプロはさ、チャリにカメラ機材だけで50kgもつんでたよ!」
すげぇ。さすがプロ。
とか話していると、パトカーがランプを点滅させながら走り去った。
カークがぼそっと
「あれ何だろ。」
と言ったから、
「知らないのか。トイレに急いでいるのさ。」
と言っておいた。

それにしても彼は装備が少なく、身軽そうでかっこいい。
旅慣れている感じ。正直僕もバッグ4つは不要だったから、彼を見習わなければ。
彼は、今後の道路情報と、情報収集に使っているサイトを教えてくれた。
Couchsurfing.com
"Good luck!"
握手して、ばいばい。

会話をしたあたりから雨が強くなる。
つぶれた会社の屋上に惚れて写真を撮る。






泊まることにした神社では、コンロの炎がまた安定せず、不安になった。
カレーライスとにんじんとたまねぎのお味噌汁。
寒くて震えながら炊いたご飯は本当においしい。
旅をしていると、ご飯が本当においしい。
ちゃんと炊けているか不安はあるけど、蒸らし終えて蓋を開けたときにちゃんと炊けた
時はほんとうにうれしい。ちょっと焦げっぽいところもまたおいしい。


5月7日 第21日目 浜田―(9号)→山口県

小学生が、ランドセルにつけた鈴を鳴らしながら家へ帰っていく。
僕は田んぼへと降りていく坂に座って、それを見ている。
ちょうど竹林で影になっていて、
風と葉擦れの音と、その鈴の音が心地よい。
 食パン1斤に、レトルトミートソース。
業務用スーパーで買った、1kg200円の激安イチゴジャム、牛乳。幸せだ。
 ちりん、りーん。
「こんにちは。」
僕と眼があった少年があいさつをする。うむ。よい子だ。
「こんにちは、その鈴は、みんなつけてるの?」
「うん、熊よけ。」
・ ・・流石。
そういってはにかむように笑うと言ってしまった。
なるほど、僕に興味があったわけではなく、地元の教育がしっかりとしているのだろう。
これは人口の高い都市ではできない教育だが、好ましい。

峠の頂上近くで、廃ホテルを発見。センサー類が無く、硝子が割れ、外部の電気メーターがストップしていることをチェック。
開いていた、布団のいっぱい積まれた部屋から潜入。
地下から響くような、人が歩くような音が聞こえてくるが,入り口が破壊されていたため、
警備もないだろうし、雨漏りの音だろうと判断。
部屋から出て、右を見た。

非常灯が、ついている。

即脱出。

峠を下りたところで久しぶりにお風呂。
山口市について、古本屋をなんとなく覗いているともう夕闇をとうに過ぎて暗くなっていた。
街をこいでいると、鐘の音が響いた。
少しい歪なリズム。
音が止む頃に、商店街に入った。
誰もいなかった。



今は普通、帰りを急ぐ人達がいるはずなのに。
いちばん大きな街のはずなのに。
なんだか耳の底にまだ鐘が響いている気がする。
ほうっとため息をつく。
がらららららっと、シャッターの閉まる音がする。
わずかにおいて、もう一度。
がらららららっ。どこからか、シャッターの音がする。
マシンガンだ。人を、街を殺すマシンガンの音みたいだ。
また、遠くでマシンガンが響く。
その音が一つするたびに、人が一人消えていく様を想像する。
がららららら。
がらららららららららららららっらららっらららららららら
がらららっ♪
赤信号が、もう変わらないでずっとそのままな気がする。
ばいばいの音がする。
落ち着く。人がいないほうが、僕は、落ち着く。



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